小説

第6回

「アリー、一緒にお風呂あいろー(入ろう)」 と一階から祐太郎が私を呼ぶ声がする。階段を降りていくと、祐太郎はもう全身の服を脱いでおり、待ちきれないとばかりにその場で足踏みをしながら私を階下から見つめている。 「はやく、はやく」 と促されて、手…

第5回

祈りの終わった母は、すでに夕食を食べ始めている私たちを無視するかのように、 「さあ、いただきます」 と、はっきりとした声で誰に向かって言うのでもなく宙を見つめて言った。 祐太郎は、夢中で夕食を食べ続けている。この子はまだ弱冠の4歳であるにも関…

第4回

その日、学会参加者たちの帰宅ラッシュを避けようと、私たち二人は、まだ肌寒い3月末の京都で2時間ほど散歩をした。京都の石畳はハイヒールには決して優しくない。時々、石畳の隙間にヒールが挟まってつまずき、私は恥ずかしくて下を向いて歩いていた。私…

第3回

痛むこめかみを軽く押さえながら、病院で処方されている片頭痛の薬を口に入れ、先ほどの新幹線で買ったペットボトルのミネラルウォーターで喉に流し込む。この片頭痛の薬は保険が効いても一粒1000円前後の高い薬だ。しかし、私の頭痛を緩和する効果があるの…

第2回

掃除の行き届いた玄関には母の育てた花が生けられている。淡いピンクのチューリップと、白い星型をした可憐な花を組み合わせている。母は、華美な花を咲かせるバラや、鮮やかな原色や深紅の花を好まず、淡い色の可憐な印象の花を好む。この生け花もそうだ。 …

第1回

1 実家へ帰る新幹線の窓から見える景色はいつも同じで、田園風景ばかりが続き、トンネルが多い。窓から外の景色を眺めていると、ふいにトンネルに差し掛かり、視界が暗闇で遮断され、のどかな田園を映し出していた窓には、車内の蛍光灯に照らされた私の顔が…