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第1回

小説

1

実家へ帰る新幹線の窓から見える景色はいつも同じで、田園風景ばかりが続き、トンネルが多い。窓から外の景色を眺めていると、ふいにトンネルに差し掛かり、視界が暗闇で遮断され、のどかな田園を映し出していた窓には、車内の蛍光灯に照らされた私の顔がうっすらと映し出される。私はぎょっとして、その顔から目を反らし、カバンの中のスマホを探して時間を確認した。

あと30分で目的の駅に到着する。スマホで時間を確認したついでに、メインで使っているSNSアプリを起動すると、何件かメッセージがきている。姉が最寄りの駅まで迎えに行くから到着時間を教えるようにというメッセージと、佐伯さんからのメッセージだ。姉に簡単に到着時間を知らせた後、佐伯さんからのメッセージを開いた。このゴールデンウィークを一緒に過ごせなくて残念だけど、久しぶりの実家だろうから楽しんで、という内容だった。佐伯さんには実家に帰る本当の理由は言っていない。ただ、3年も両親に顔を見せていないから、久しぶりに帰るとだけ伝えてきた。実家に帰るのは3年ぶりだ。両親に会うのも。

私は首都圏の大学に通うために、18歳で東北にある実家を出た。最初の3年は弟がまだ実家にいたし、大学の夏休みと冬休みには必ずこの新幹線に乗って実家に帰っていたけど、その弟も首都圏に進学し、両親だけが住む実家からはどうしても足が遠のいた。帰らなくなって最初のうちは、夏休みと冬休みの前には母が私に電話がかかってきた、帰省するのかどうかを尋ねられていたけど、何度か大学院の研究が忙しいことを理由に断っているうちに、母から直接、電話はかかってこなくなった。その代りに、姉から帰省するかどうか尋ねられた。

目的の駅に到着し、駅のトイレの鏡で身なりを整えてから改札を出た。改札を降りて外に出ると、東北でも5月の午後の日差しが少し暑く感じる。日差しがまぶしくて目を細め、あたりを見回すと、姉の車が車道に横付けされているのが見えた。私は歩きながら目を閉じ深く呼吸をした。そして、運転席に座る姉が見えると微笑んで手を振る。姉も車内から私に向かって手を振っている。姉は妹の私からみても美しい人だ。姉が道を歩いているだけで、その周りの空気は華やぎ、すれ違う男性たちが何度も振り返ることがよくある。

姉の車の助手席のドアを開けて、美しい姉の顔を見る。一瞬、なんていえばいいのかわからず黙ってしまった私に、姉は、おかえり、と言った。私も、ただいま、と言ったけど、その会話には違和感があった。私の家は、ここなのだろうか。私がただいまと言えるのは、私の小さなワンルームマンションの一室に帰ってきたときだけのような気がする。でも、いまはいい、姉に合わせていれば私は実家でも少し落ち着いて過ごせる。

姉は、車内で一通り、私に旅の疲れをねぎらい、大学院での生活を尋ねてくれた。そして、

「サリーは、それにしてもいつも旅行の時の荷物が少ないよね」と言った。姉は、時々、私のことを「さゆり」ではなく幼い頃の愛称である「サリー」と呼ぶ。もちろん、「さゆり」と呼ぶこともあるけど、久しぶりに私に会ってすぐに「サリー」と呼んだということはたぶん姉も少し緊張しているのだろうと思った。二人の緊張した車内の空気を少しでも和ませようとしてくれた姉の気持ちが伝わってきて少し切なくなった。私は少しおどけて、

「お姉ちゃんが荷物多すぎるのよ」と言った。

「だって物っていつ必要になるかわからないし、色々ともっていたいじゃない」と姉は頬を膨らませて少し子供っぽいふくれっ面を作った。

旅行の時の荷物ひとつとっても姉と私は全く違う。姉はいつも大量の荷物と共に帰省したり、旅行先に現れたりする。私は、いつもほとんど何も持たずにでかけるから、姉や母に驚かれる。私は本当にそのとき必要になったら、その場で買えばいいと思うから、普段からあまり物をもたない。家の中も必要最低限のものしか置いていない。以前、そんな私の家に遊びに来た姉は、

「こんなに物が少なくて生活できるの?」と驚いていた。

姉と一緒に旅行に行くと、私が洗面所から出てきてハンカチがないからといって服で手を拭こうとすると、これで拭きなさい、とハンドタオルを渡されたり、あるときは旅行先で紙で指先で切ってしまった私に、絆創膏あるよ、とすぐに大きなカバンから出してくれたりする。姉とは10歳年が離れているけど、私に対するその行動はまるで母親のようだと感じるときがある。36歳になる姉はとても美しく若々しく見えるため26歳の私と2,3歳しか違わないように見えるし、私と10歳年が離れていることを言うと周りは必ず驚いていた。

姉の端正な横顔を見て、ふと、

「お姉ちゃんはいつも綺麗だね」と言った。姉は、

「あら、ありがとね。嬉しいわ」

と言って微笑んでいた。

だけど、私は知っている、姉の美しさは辛く苦しい思い出と共にあることを。だからこそ、私は姉に会うたびに、綺麗だねと姉に言う。

 駅から実家までは車で5分程度で、すぐに実家に着いた。相変わらず、庭にはたくさんの花が咲き乱れている。花が大好きな母は庭に何種類もの花を季節ごとに咲かせ、手入れをしている。私は生物学者の卵らしく植物も動物も昆虫も微生物も好きだけど、母のように花だけが大好きというわけではないし、花の種類もあまり詳しくはない。

母が庭の奥から小走りで私と姉に近づく。母は小柄で身長が165cmを超える姉と私と比べると10cm以上小さい。母は元から小柄で華奢だったけど、久しぶりに会った母はより小さくなっていた。母は、さゆり、よく来てくれたわね、といつも通りの完璧な笑顔で私に言い、庭に咲く花をすべて私に説明している。今年はねチューリップも何種類も植えて、つる性のバラも加えて、色とバランスを考えたの。春に雨が多くて球根が腐りそうになってね、でも、いったん家で乾燥させて発芽させたり、とっても大変だったのよ・・・。母の説明は止まらない。いつものことだ。3年ぶりに帰ってきても、私の顔は最初に一瞥しただけで、あとは自分で咲かせた花の説明に夢中になっている。庭をちょこちょこと歩き回りながら花の説明する母の後ろを私は静かについて歩いて、本当だ、かわいいね、綺麗ね、すごいね、大変だったね、と母が期待している相槌と言葉を後ろから投げかけていた。姉は私よりも3日前に帰省していたから、きっと母の説明は終わっていたのだろう、車から降りた姉は、母と私の姿を横目で見て、先に玄関に入っていった。

 ひとしきり説明が終わると、母は私に先に家に入っているようにと言った。私はお花にお水をあげてからいくからと。私は3年ぶりに両親の家の玄関のドアを開ける。