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第2回

掃除の行き届いた玄関には母の育てた花が生けられている。淡いピンクのチューリップと、白い星型をした可憐な花を組み合わせている。母は、華美な花を咲かせるバラや、鮮やかな原色や深紅の花を好まず、淡い色の可憐な印象の花を好む。この生け花もそうだ。

 私がまだこの家に住んでいた頃、何度か母と花の苗や球根を買いにいった。買い物の度に、母は私に、

「今日はどのお花を買おうかしらね、さゆりは、どの花がいいと思う?」

と聞くが、

「私はこの花が好き」

と指をさしても、

「え?この花?そうなの」

と母は少し不機嫌になり、私の選んだ花が購入されることはなかった。私は母の好みとは違い、華やかではっきりとした色や形をした花が好きだった。この母の好みとのずれを認識しはじめた中学生の頃になると、相変わらず、どの花がいいと思う?と尋ねる母に、その場で母好みの一番に彼女が欲しがっている花をうまく言い当てることができるようになった。そんなとき、母は、

「お母さんも、この花いいなと思っていたのよ、さゆりも良い趣味しているわよね」

と喜び勇んでレジに向かっていった。その後ろ姿を見ながら、私が本当に綺麗だと思う花を、この母は“趣味が悪い”と思っている、母と私は違う人間だから仕方がない、では、そもそもなぜ好みが違うとわかっている私に何度もどの花が好きなのかきくのか、と苛立ちを感じたこともあった。今はもうそんな感情さえ起らない。母と一緒に花を買いに行くこともないのだから。

 玄関を抜けてリビングに行く前にトイレに入った。トイレの棚には母の作成したブーケ型のドライフラワーが飾られており、壁には何枚ものポストカードが張られている。便座に座った際に、それらのポストカードに書かれている文字がちょうど目に入るように飾られている。私はそれらを読む前にそこには何が書かれているかを知っている。私は便座に座っているにも関わらずめまいを感じ、右のこめかみのあたりに拍動性の鈍痛を感じる。自分が今、息を吐いているのか吸っているのか分からなくなる。私は目を閉じて、もう、私は大人になったのだ、何もできなかった子供ではないのだ。と自分に言い聞かせ、ゆっくりと息を吐いて、目を開け、右の壁に貼り付けられたカードを見る。ポストカードの半分には青々とした草原が描かれており、そこにはライオン、ヤギ、ウサギ、そしてその草原で走り回る子供たちと花を摘む女性、仲睦まじく過ごす数家族が写実的な技法で描かれている。描かれている動物たち、人間たちは「私たちは至上の幸福の中にいます」と言わんばかり満面の笑みを浮かべている。その絵を見て、私はまた右のこめかみに痛みが走る。もう一度、深呼吸をして、その絵の隣に書かれている文章を読む。

「義を知る者たち,心にわたしの律法を保つ民よ,わたしに聴け。死すべき人間のそしりを恐れてはならない。彼らの単なるののしりの言葉のために恐怖に襲われてはならない。蛾が彼らを衣のように食い尽くし,衣蛾が彼らを羊毛のように食い尽くすからである。しかしわたしの義は,定めのない時に至るまで存続し,わたしの救いは数えきれない代々に至る(イザヤ 51:6-8)」

 

他のポストカードには、新世界訳聖書のマタイ、創世記、啓示、などの名句が記載されていた。私は、それらの文章に一通り目を通し、ゆっくりとトイレから出た。先ほどから断続的に続いているこめかみの痛みが、後頭部まで広がってきたように感じる。トイレから出て、右手で両方のこめかみと後頭部を軽く揉むように触り、首を回した。玄関のドアが開かれる音がして、母が庭から戻ってくる。

「どうしたの?」

と聞かれ、私は、

「ちょっと疲れて片頭痛になったみたい」と答えた。その言葉を聞いた母の顔は急激に曇り、2段階ほど低くなって声で、

「じゃあ、夕食前に少し2階で横になっていたら」と突き放すように言った。私は、

「そうね、悪いけどそうさせてもらうね」と言って、2階につながる階段を下から眺める。階段の踏み板の半分には、本、ビン、箱などが積み上げられて置かれている。3年前に来たときよりも、その量は多くなっているように感じる。私は自分の少し大きめのショルダーバックがそれらに当たって落としてしまわないように注意を払いながらゆっくりと2階まで登った。

私が中学生のときには、姉もまだこの家に住んでおり、急いでこの狭い階段を駆け下りようとしては、最後の2,3段を踏み外して階段の下でうずくまって呻いていたことを思い出す。私はこの家に5年間住んでいたが、その間一度も階段を踏み外すことはなかった。

姉は幼い頃から運動が苦手で、成長してからも何もない所でよく転んでいた。姉は小学校の教員になるのが昔からの夢で大学の教育学部に何の迷いもなく進学し、卒業と同時に教員採用試験を受けた。小学校教諭は国語、算数、理科、の他にも体育、音楽なども教えなければならないため、採用試験の科目には学科の他に体育の試験やピアノの実技試験などもあった。姉も私も4歳からピアノを習っていたため、音楽の試験は何の問題もなかったが、鉄棒の逆上がり、水泳、跳び箱が課せられる体育の試験で姉は苦戦を強いられていた。水泳は、小さな時からスイミングスクールに行っていたため姉は泳ぐことができたが、跳び箱と逆上がりがどうしてもできなかった。採用試験の数か月前から姉は夜な夜な公園で逆上がりの練習と馬跳びの練習をしていた。私と母も何度もその練習に付き合ったことがある。私は体育が全般的に得意な子どもで、その動きを一度見れば真似をすることができ、できないことはほとんどなかった。だから、夜の公園で必死に練習をする姉に、すんなりと鉄棒で逆上がりを見せることはできても、どのタイミングでどこに力を入れば逆上がりができるのかと聞いてくる姉に、小学生の私は何一つ説明することができなかった。結局、姉は最後まで鉄棒の逆上がりができず、小学校教諭の試験には合格することができなかった。しかし、同時に試験を受けていた高校教諭の試験には合格することができた。

2階にある高校卒業まで使っていた私の部屋の扉を開ける。ベッドと勉強机しかないその部屋はほぼ当時のまま残されており、埃ひとつなく清掃され、ベッドはまるでホテルのように皺ひとつなくベッドメイクされていた。私は、そのベッドに横になり、持ってきたカバンからスマホと薬を取り出した。