不屈の忍耐力の代償
久しぶりに会うあなたは小さな男の子のような屈託ない満面の笑顔で私に笑いかけるけど、その顔には、疲労が色濃く影を落としていることに私は気づいてしまう。
私よりも年若いあなたの短く整えられたその髪の毛の中に何本もの白い髪の毛が見える。
「白髪増えたんじゃないの」
「そんなことないよ」
あなたは少し拗ねるような表情を浮かべながら大きくて肉厚な手で頭全体をなでる。
「そう」
私はあなたから視線を外し、そんなことあまり興味ないけどという素振りで、運ばれてきたコーヒーカップに目をやる。少し青みがかった白い陶器のカップとソーサーには植物のつたようなものが地模様で入っており、持ち手はまるで猫足の家具のような美しい曲線を描いていた。あなたと向かい合うテーブルは淹れたてのコーヒーの甘く官能的な匂いが充満していく。私は眩暈を感じ、一瞬まぶたを閉じる。その眩暈があまりに甘美なその香りのせいなのか、久しぶりに私の目の前にいるあなたのせいなのかがわからなくなる。私はゆっくりと目を開けてカップにゆっくりと口をつける。
「すごくいい香り、そして苦みを甘みのバランスも私好み」
あなたも自分のコーヒーを味わおうと、持ち手に指を通そうとしている
「僕の指は太いからこのカップの持ち手には入らなかった」
といって少し恥ずかしそうに、彼の手に持たれるととても小さく見えるそのカップを包み込むように持ってコーヒーを口に運ぶ。その時、私は、彼の右手の人差し指の第3関節の部分と第2関節の間に深く大きい胼胝腫(たこ)を見つけ、真顔で彼の目をみる。
「どうしたの、その右手のたこ」
「え?なにが?わからないよ、昔の傷跡かな」
そういって、カップを置いてもう片方の手でその部分を隠す。私は、テーブルに置かれた彼の右手首を掴んで、彼の目の前にその部分をしっかりと見せた。
「何をごまかしているの。私に隠そうとしても無駄よ。これが昔の傷跡じゃないことくらい一目見ればわかる。第3関節の上のタコは殴りダコ?吐きダコ?よくわからないのは、この第2関節の少し下にあるタコ、こんなところにこんなに大きなタコができるなんて、一体なにをしているの?」
あなたは掴まれた手を振りほどいてから、そのタコを左の指でさすった。
「噛んでいる」
「なんで」
「何日も眠れないことが多い仕事だから、大事な任務の時なのに立ったまま寝そうになったりするから、この部分を何度も強く噛んで眠らないようにしている」
「いつから」
「幹部になった頃、10年くらい前から」
「そう」
あなたは、そのふっくらとした下唇の右側を少し噛みながら目を伏せている。私は、あなたをすぐにそんな環境から救い出したいという激情に駆られるけど、きっとあなたは救い出されることなんて望んでいない。
「あのね、何日も何日も眠れないときは、絶対に眠らないように我慢するよりも、一瞬だけ座って3分でも寝ると脳が休まって、また考えられるようになるのよ。3分くらいあなたにだって与えられるでしょう。」
「そうだね、今度、トイレで実践してみる」
そう言って、精悍な顔立ちに似合わない屈託のない笑顔で私を見る。そんなあなたを見ているだけで、胸が苦しくなってくる。その苦しさから逃れたくて、
「外に出よう」
と私は先に席を立って外に出る。新緑の街路樹と暖かい日の光に包まれた私は、少しずつ胸の苦しさが和らいでいくのを感じた。