私の中の別の私
私はこれまで経験したことがない形で好意を抱かれていることを感じている。
その好意は、私の精神の深淵までを覗いてそれを愛でようとする。
そもそも、私の心や精神を知りたいと思ってくれた人がこれまでどのくらいいたのだろう。
私の物体としての肉体や、子どもを産めるという性、それを欲しがるのはまだましな方だ、もっとひどい人は私の外面を覆っている、学歴、年収、教養レベル、親の職業、背が高く見栄えの良い女性と連れているという優越感を抱きたいだけで私を奪おうとする人・・・。
今よりまだずっと若い頃、それでもいいと私は思っていた。
無視され、だれからも必要とされないよりは、外面を含めた私を構成する何か一つでも欲しいと思われる方がましだった。
それほどまでに私は愛に飢えていた。愛されないのなら今すぐ殺して欲しいと泣き叫んで懇願するほど、愛が何かもわからずにただ欲しがっていた。
年齢と肉体は成熟したにも関わらず、そんな未成熟な精神を内包した私はその苦しみから逃れるために心にカギをかけることにした。
だけど、今は心の奥底にしまい込んで厳重にカギをかけてきた私に起きたすべての事柄を、私はすこしずつ取り出し、理解してあげることができるかもしれないと思っている。
取り出す度に、血が噴き出すかもしれないし、再び苦しむかもしれないけど、私の深淵を理解しようとしてくれる思慮深く穏やかな愛で私を包みこもうとするその人が、
「あなたは戦えるよ」
とその慈愛に満ちた表情で嘘偽りのない目で真っすぐに私に言ってくれる。私はその人を信じている。その人の力を信じている。この暗く狭く閉じ込められた場所から救い出してくれると信じている。
その人はその素晴らしい感性と表現力で私を描く。彼の描く私は、私がそうなりたかった別の私だ。その人の目に映る、キラキラと輝くように彼の中で躍動する彼女そのものが、この私だったらどんなにいいか。でも、その人の描く私も私の一つの側面であるとその人が教えてくれた。
だから、私を描いた彼の作品を読む度に私は私の一部を発見していく、そのことが嬉しくて毎回私は心が震える。
私はこんなふうに誰からも愛されたことがなかった。
その人は、私が生きなおすために、私に与えられた最後のチャンスのように思える。だから、私にはその人が絶対に必要だ。これからも。