2016-04-01から1ヶ月間の記事一覧

第7回

祐太郎と二人になった浴室には祐太郎の嗚咽に近い咳だけがこだまして響いている。 その小さな肩は依然として震えており、私は祐太郎が2歳ころから大好きだったアニメの主題歌を何事もなかったかのように、その小さな耳元に口を寄せてささやくように歌い始め…

第6回

「アリー、一緒にお風呂あいろー(入ろう)」 と一階から祐太郎が私を呼ぶ声がする。階段を降りていくと、祐太郎はもう全身の服を脱いでおり、待ちきれないとばかりにその場で足踏みをしながら私を階下から見つめている。 「はやく、はやく」 と促されて、手…

第5回

祈りの終わった母は、すでに夕食を食べ始めている私たちを無視するかのように、 「さあ、いただきます」 と、はっきりとした声で誰に向かって言うのでもなく宙を見つめて言った。 祐太郎は、夢中で夕食を食べ続けている。この子はまだ弱冠の4歳であるにも関…

無知がもたらす奔放さに対する狭量

私はこの時代の価値観からすると「奔放な人」に分類されるかもしれない。 私はこれまで、付き合っている人がいても、結婚をしていても、なんら悪びれることもなく自由に恋をしてきた。しかも、恋をしていることを相手に悟られても平気だったし、むしろ自分か…

みんなのためのあなた

家に帰れなくなって一週間 あなたは、それ以来、1日2時間も眠っていない。 その短い仮眠を取るのは、設置された指揮所の机の上。 そろそろ睡眠不足と疲労からくる幻覚を見るころよ。 お願いだから休んでよと言いたいのを私は我慢する、それが不可能なこと…

結核ワクチン、ヒューマントライアルの失敗

Fletcher et al., (2016) T-cell activation is an immune correlate of risk in BCG vaccinated infants. Nature communications 11290. 今月、科学雑誌の超有名所Nature系からpublishされたばかりの論文。今回は私の発表。 南アフリカでおこなわれたMVA85A…

高校の友達とランチ

私の大好きな女友達と御徒町の「Brasserie La Pleiade」でランチ。 私は二日酔いだったけど、二人に会ったら頭痛もふっとんだよ。 高校のときからすると、2人とも本当に20年もたつのに、ますます綺麗になってる気がした。あなたたちは結婚しても子供がい…

恋の苦しみ

1600年代に活躍したモラリスト文学者であるラ・ロシュフーコーの言葉は言い得て妙だ。 「恋は火と同じように絶えず揺れ動いてこそ保たれる。期待したり、恐れなくなったりしたら、もうおしまいだ(François VI, duc de La Rochefoucauld)」 恋をしている最…

第4回

その日、学会参加者たちの帰宅ラッシュを避けようと、私たち二人は、まだ肌寒い3月末の京都で2時間ほど散歩をした。京都の石畳はハイヒールには決して優しくない。時々、石畳の隙間にヒールが挟まってつまずき、私は恥ずかしくて下を向いて歩いていた。私…

第3回

痛むこめかみを軽く押さえながら、病院で処方されている片頭痛の薬を口に入れ、先ほどの新幹線で買ったペットボトルのミネラルウォーターで喉に流し込む。この片頭痛の薬は保険が効いても一粒1000円前後の高い薬だ。しかし、私の頭痛を緩和する効果があるの…

私の中の別の私

私はこれまで経験したことがない形で好意を抱かれていることを感じている。 その好意は、私の精神の深淵までを覗いてそれを愛でようとする。 そもそも、私の心や精神を知りたいと思ってくれた人がこれまでどのくらいいたのだろう。 私の物体としての肉体や、…

第2回

掃除の行き届いた玄関には母の育てた花が生けられている。淡いピンクのチューリップと、白い星型をした可憐な花を組み合わせている。母は、華美な花を咲かせるバラや、鮮やかな原色や深紅の花を好まず、淡い色の可憐な印象の花を好む。この生け花もそうだ。 …

第1回

1 実家へ帰る新幹線の窓から見える景色はいつも同じで、田園風景ばかりが続き、トンネルが多い。窓から外の景色を眺めていると、ふいにトンネルに差し掛かり、視界が暗闇で遮断され、のどかな田園を映し出していた窓には、車内の蛍光灯に照らされた私の顔が…

共同研究への期待

今日、知り合いの研究者から研究についての相談を受けた。この先、共同研究になりそうかもしれなくて、ワクワク ドキドキ。 彼のおこなっている研究は吸血バエであるツェツェバエの研究。このハエの体内にはトリパノソーマ原虫がおり、ハエに吸血された人は…

私の恋、そして私の愛

私が恋する彼のどこが好きってその屈託ない笑顔と純粋さ、その透明で力強い声、その背中、大きな手、そして一般人である私に自分の考えを伝えるときでも専門用語が躍ってしまうメール。 「現認教養を受けた者は後顧の憂いなく任務につけるよう準備し・・・」…

正室をもつあなた

彼は、最近、よく私にこう言う。 「ねぇ、好きだよ」 私は、 「そう、ありがとう」 と言う。彼は、 「そんだけ!?」 っていうけど、そんだけだよ。 あなたは甘えん坊な暴君ね。 自分でも自覚してるじゃない。私に対して我儘にならないように私のことを下の…